加藤清正は、現在でも熊本では人気があるが、部下の使い方が巧みだったという点で定評がある。「知」と「情」の使い分けが大変上手かったようだ。
特に、優秀なよそ者を登用することで、古いセクションや古い考えにしがみつきがちな家臣の活性剤にした。常日頃から「油断をするな、社会の動きにはいつも緊張していろ」と言い、ときには、清正自身が家臣に不意に襲われても「よくやった」と褒めた。
夜中にトイレに行っている最中でも、突然「おお、そうだ!」と思い出し、トイレの中から「あいつを呼べ」と、昼間忘れた家臣の論功行賞を行うこともあった。
罰も同じである。
家臣たちはいつ褒められ、いつ叱られるかわからないので、常に緊張感を持ち、仕事に臨んだのだ。
この清正の家臣に南条という名の男がいた。剛直でお世辞の大嫌いな男であった。清正に対しても平然と諫言する。
「耳の痛いことこそ言え」というのは上役の常套句だが、本当に言われるのはやはり気に障るのが人間というものだ。
清正はそれほど狭量ではなかったが、南条の言うことにはカチンと来ることが多かった。
「この野郎、飛ばしてやろうか」と人事で報復することも考えたが、南条の言うことはいつも正論だったので、なんとか自制心で踏みとどまって堪えたのだ。
ある日、事件が発生した。南条の足軽が清正の足軽を2人、ぶちのめしたのである。南条の足軽は、南条が採用したよそ者であった。
清正は激怒し、「南条を呼べ!」と怒鳴った。常日頃から気に入らないと思っていたので怒りは心頭に発した。
「この野郎、徹底的にとっちめてやる!」と怒鳴る清正。
これに対して平然と「なんですか?」と白々しく答える南条。
清正は「お前の足軽が私の足軽をぶちのめしたのだ、すぐにその足軽を連れてこい!」
南条はまたまた平然と言う。「何の為にですか?」と。
清正、「成敗してくれる! よそ者の分際でけしからん!」
これに対して南条は、「それはおかしいですよ」と理屈を言い始めた。
「いつもあなたが仰っていることと違います。私はあなたの仰せの通り、いつも部下に緊張感を持たせ、鍛えております。だから私の足軽が強いのは当たり前です。それと、よそ者という言い方も良くないですね。あなたは普段からよそ者でも優秀な者は重用しろ、と仰っているではありませんか。もし、成敗なさるならご自分の足軽になさるべきです。」
南条はトドメの一撃を発した。「よそ者にぶちのめされるような家来では、いざというときに役に立たないのではありませんか?」
さすがにこの南条の正論には清正も参った。そして、自分の怒りも、よく考えてみれば、普段からずけずけ諫言する彼に対しての「感情面」が大きいと反省したのだ。
清正はそれ以上、南条を責めなかった。ただ自分の足軽には「よそ者に負けるなよ」とだけ言ったのだった。
加藤清正らしいエピソードである。
管理職の中には、その肩書きのイスにふんぞり返り、部下に対して好きか嫌いかの感情だけで、指揮を執る者もいる。特に旧態依然の会社には多い。
その点、加藤清正は自己反省も欠かさない、良き人物像であり、リーダーとして傑出した存在だった。
現代でも清正のように、リーダーの軸がぶれてはならない。軸がぶれては部下も混乱するだけなのである。