「2017年10月」の記事一覧

優秀すぎた男

エリート

黒田孝高(くろだよしたか)は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名である。戦国の三英傑に重用され筑前国福岡藩祖となる。キリシタン大名でもあった。一般には「黒田官兵衛(くろだ かんべえ)」の通称の方が有名である。 […]

トップの心を掴む作戦

エリート

前田利家と言えば織田信長に大変可愛がれ、忠臣として知られる戦国大名の一人である。「槍の又左」の異名を持つ程の槍の達人だった。幼名は犬千代。   14歳の頃に小姓として信長に仕え、青年時代になると赤母衣衆筆頭に抜 […]

情けは人の為ならず

社風

「情けは人の為ならず」という慣用句の意味についてはネットでもよく議論を見かける。一つには、「情けをかけることはその人の為にならないからすべきでない」。もう一つの意見は「人に情けをかけることは巡り巡って自分に戻ってくるから […]

情実人事を期待した男

人事異動

岡山藩主池田光政は、新太郎少将と呼ばれる名君だった。特に、部下の人事については徹底的に公正だったので、コネを使っての情実人事は全く入り込む余地が無かった。  光政には、お六という娘がいたが、このお六に乳兄妹がいた。彼は青 […]

左遷野郎Aチーム

左遷

藩政改革の成功者、上杉鷹山は江戸時代屈指の名君として知られている。右の写真は上杉鷹山像である。「成せば成る 成さねばならぬ 成さぬは人の 成さぬなりけり」とは鷹山の有名な言葉である。この鷹山の優秀なブレーンは実は元々は左 […]

左遷されて成長した男

左遷

西郷隆盛と言えば、維新の志士の一人として有名だが、彼の生涯は波乱に満ちていた。 西郷の若い頃は特に不遇で、トップである島津久光に嫌われて、なんと二回も琉球の島に流されたのだ。最初の島流しの時、彼はふてくされて「俺は鹿児島 […]

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